Interview

海外で学んだ方法を活かした制作|様々な視点から描く世界

日本画材を用いて、現代的な作品を描かれているゼノビッチ美奈子さん。海外で学んだ版画の手法で、透明感のある作品を制作されています。

どのような経験やこだわりから今の作風に辿り着いたのか。ゼノビッチ美奈子さんに伺いました。

なんとなくで決めた美大への進学

ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。

血筋なのか、昔から絵を描くのは好きでしたね。母は普通の主婦なんですけど、上手いイラストを時々描いていて、母方の祖父も、わざわざアトリエを作って趣味で油絵を描いているような人でした。兄や妹も絵を描くことが好きでお互いを描きあったり、家に画集があったりと、絵を描くことが当たり前のような環境でしたね。

学生時代は美術部に所属していて、大学も美大に通ったんですが、正直美大への進学を決めた理由はいい加減すぎたなと思っています(笑)。

最初は「ビジネスウーマンになりたい」とか言っていたんですが、進路決定の時に理系は無理かなと思い、しかも文系もピンとこなくて。うちの親も、幸か不幸か進学塾には通わせてくれなかったので、「もう美大でいいや」みたいな(笑)。

その後、どうやら美大に入るのは大変だということに気がつきまして。母がなぜか美大への進学はすごく応援してくれたので、絵の予備校に通わせてもらい、2浪で無事入学することが出来ました。

美大のコースは、絵を描くなら油絵か日本画の2択だったので、日本画にしました。中山千波さんという日本画家の画集などが好きだったのもありますし、水性のサラサラした感じが好きで。油絵はぽてっとした感じが好きじゃなかったのと、匂いが苦手だったのもあってやめましたね。

美大に入った後、先祖が集めていた日本画の短冊やポスターを親戚にもらったことがあったんですよ。今見返していても私の好きな作品が多いので、やっぱりそういう血があるのかなと思っています。

ー実際に美大に入られていかがでしたか?

個人的な感想としては、大学はほとんど教えてくれなかったなと思っています(笑)。でも、その分自由に描けるのと、絵が好きな人たちだけが集まっていたのですごく楽しかったです。

日本画科って学年で30人ぐらいしか学生がいなかったので、1つの大部屋をアトリエとして全員でシェアしていたんですよ。その環境で4年間過ごしたので、濃い関係と時間を過ごしたなと思います。

大学卒業後は海外の美大の大学院に行ったんですが、そこでは院生とか学部生とかも関係なく自由にコースを取れたので、日本とは全然仕組みが違うなと感じましたね。もちろん専攻はあるんですけど、二重専攻とかも平気で。好きな技術を全部学べるような環境でした。

機会に恵まれアメリカへ渡航

ー大学卒業後はすぐ大学院へ進学されたんですか?

卒業後すぐではないんですよね。最初は、武蔵野美術学園の日本画科研究室助手をしていました。ただ、時給は高くないのでちょっと暮らしていけないし、どうしようかなと思っていて。

そうしたらたまたまタイミング良く、文化庁が実施している芸術家の海外研修事業の3年間枠が空いた時があったんですよね。その時、武蔵野美大の日本画科教授に、「大学院に行きたいなら応募してみない?」って言われて、アメリカへ行くことになりました。

現代美術にも憧れがあって、開かれた美術を学びたいなという気持ちから、元々アメリカに行きたいという気持ちもあって。そのタイミングで、渡航費や滞在費は支援してもらって学べる環境を得られたのは、貴重な機会だったなと思います。

ーまさに渡りに船でしたね。アメリカでの3年間はいかがでしたか?

学ぶことは非常に多かったですね。特に今も活きているのが、シルクスクリーンという版画のやり方です。前々から版画も取り入れた融合作品を制作したいと思っていたので、版画のクラスを取ったんですけど。「自分で出来るんだ」というのが、1番の成果だったと思います。

日本だとシルクスクリーンって、やっぱりTシャツとか商業用のぺったりしたイメージがあると思うんですけど。使い方によっては、ちょっと粗い感じに印刷することも出来るんですよね。泥のような、ざらっとした感じというか。そういうのを、自宅で自分で出来るというのは大きいですね。

様々な視点から生まれる表現

ー作品を制作する上で、こだわられていることはありますか?

自分としては、なるべく色んなものを自由にやれたら良いなと思っています。こだわりというか、自然にそうなってしまうんですが。「こういうものを目指しているな」と自分で漠然と感じるのは、「透明感」や「今と違う視点での世界」みたいなところですね。

今制作数が100を超えている『LIFE』シリーズというのがあるんですが、第1弾は美大生の時の卒業制作なんですよ。

『LIFE』シリーズ最初の作品である武蔵野美術大学卒業制作(優秀賞受賞)

これはコンピュータの集積回路なんですけど、生命体にも見えるし機械でもあるという。屏風型の半3Dにしたので作品自体が自立していて、小さな世界だけども、拡大するとこれ自体が大きな生命体のように見えるんですよね。

そういう「生命体」という言葉であったり、「人生」や「私たちの生活」といった意味がある英語の「LIFE」をテーマに、ずっと描いています。

集積回路を見たとき、色んな入り組んだ人間関係を表しているようにも、図のようにも見えて。もしくは、水中のバクテリアのような、微細なものにも見えるし、大きな都市を俯瞰して見ているような、マクロな視点でもあるなと。そういうのがいくらでもあると思って、題名をつけました。

今は大きい作品にしか集積回路を使っていないんですが、基本的なところはあまり変わっていないというか。「抽象」ということで、「今までの私たちの生活を客観的に見た図」というのを常にテーマにしているような気がします。

ー様々な解釈や意味をシリーズでずっと表現されていらっしゃるんですね。

そうですね。自分のやりたいことは図でメモしているんですが、まだ3分の1も出来ていないです。

やりたいことを描いているメモ

「LIFE」という言葉の意味があまりにも広くて、これを表現しようと思うと色んな表現方法があるのかなと頭の中で思い描いています。死ぬまでにやりたいこと全部出来るか分からないんですけど(笑)。

結構何を見ても、アイデアだけは浮かぶんですよね。ただ、「これをこうやったら面白そう」と思ったものを実現するのは難しいですね。

自然の中を拡大していくか、宇宙みたいに遠くの巨大なものを描くんですが、どっちも抽象的になっていくんですよね。顕微鏡図とかも抽象画みたいな形になっていて、そういうのを見かけると、「何かこれ良いな」と思って切り抜いたり詰めたりして。

あとは、さっきのモチーフにしていた回路図とかもそうなんですが、機械も好きですね。お店で売っていたジャンク品の回路を作品のためにたくさん集めているので、自宅の段ボール箱いっぱいにあるんですよ。そういう感じで、自分なりに結構常にアンテナは張っています。

古いものの良さを活かしながら制作していきたい

ー様々なものがアイデアの元になるんですね。

『Tree』という、木がモチーフのモノクロシリーズがあるんですが、これは他の方が撮影された写真で描いています。Instagramとかで「良いな」と思ったらコンタクトをとって、許可をいただいて作品にしているんですけれども。

作品名:Tree Ⅴ (Original photography by Nik Gurinovich)

多分日本画壇の方とかには、「写真を元に絵を描くなんて言語道断」みたいな世界なので怒られると思います(笑)。

でも、「正しい」とか「正しくない」ではないと思うんですけど、これだけ誰でも写真を撮っている時代に、「写真はいかん」っていうのはどうなんだろうなっていうのはありますよね。自分が撮った写真からその作品が生まれることで撮影者も喜んでくれるなら、良いんじゃないかなと。

確かに伝統技術って守らなきゃいけないところもありますし、全て商用芸術に流れていってはいけないところもあるんですよね。でも、芸術って時代と共に築かれていて元には戻れないので、「あんまりガチガチにしてもな」と、私は好きにやっています。

ー今後挑戦してみたいことはありますか?

なかなか習う場所が無くなってきてしまっているんですが、水墨画とか古典の技術を学びたいなと思っています。若い頃もそうだったんですが、年齢を重ねて特に昔の日本画でよく見られていた大胆な筆使いが好きだなと思うので、その技術力を磨きたいです。

日本画も色々歴史があるんですが、江戸時代の日本画はダイナミックなんですよね。代表的なものだと、葛飾北斎の浮世絵や狩野派の屏風とかあると思うんですけど。今はなかなか無い、大きな筆でぐわーっと描いていて、その線に岩絵具を乗せる描き方で。

最近の日本画は、繊細なのは良いんですけど、どんどん手で細かく描く感じが主流になってしまっているんですよね。なぜかって、当時のようなダイナミックな作品を描くとなると一発勝負になる分、単純に技術力がいるからだと思うんですが。

あとは、今までにないものだけを追求していっても、厚みがなくなってしまうと思うんですよね。新しいものばかりを意識するより、昔のものに回帰しながら新しいものと重ね合わせていった方が良いんじゃないかなと。

そこから何か、感動させられるものが出来ないかなと思っています。

ゼノビッチ美奈子

ゼノビッチ美奈子

絵に囲まれた家庭で育ち、高校生の頃に進路として美大へ進学することを決意する。美大卒業後、文化庁の芸術家海外研修事業を利用し、3年間アメリカへ渡航。現地で学んだシルクスクリーンの手法と日本画を用いて、様々なテーマを表現し続けている。

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